世界経済はドルの新しい価値水準を模索している

世界経済を見るときに通常使われる価値の基準は、ドルである。われわれは、この方式に慣れてしまったため、今生じていることを「原油や一次産品価格の急激な上昇」ととらえている。

しかし、金価格も上昇しているので、金を価値の基準と考えれば、今生じているのは、「ドルの急激な減価」ということになる。こうなるのは、アメリカの経常収支赤字の持続可能性とドル価値の維持について疑問が生じたからだ。

以上のことは、データで次のように裏づけられる。前回述べたように、アメリカの経常収支赤字は、21世紀になって急拡大した。これとほぼ歩調を合わせて金価格が上昇した。すなわち、2002年に1トロイオンス300ドル台だったものが、04年に400ドル台になり、07年には600ドル台になった。今年の3月には1000ドルを超えた。つまり、価値の保存手段が、ドルから離れて金に向かったことになる。

注目すべきは、原油も金とほぼ歩調を合わせて価格が上昇したことだ。経験則的に、1オンス当たりの金価格と1バレル当たりの原油価格のあいだには、10対1の関係があると言われる。21世紀になってからは、現実にほぼその比率で推移している。なお、農産物価格も、これらとほぼ同じペースで上昇した。結局のところ、金の価値を基準とすれば、原油も農産物も、さして価格が上昇したわけではないことになる。

以上で述べたことを、もう少し長いレンジで見てみよう。1980年代前半の第2次石油ショック語の原油価格は、金価格との比率で見て0.8程度だった。その後、逆石油ショックが生じ、この比率は0.4程度に低下した。なお、農産物価格の金価格との比率は、この間ほぼ不変で推移している。また、金価格は、80年代後半から90年代を通じて、1オンス当たりほぼ300~400ドルの範囲で推移している。他方で、アメリカ国内での物価上昇率は、ほぼ年率3%程度であった。

以上をごく簡略化して示せば、80年代後半以降の価値の上昇率は、次のようになる。

原油<金=農産物<ドル<財・サービス(工業製品)

一般の財・サービスを基準にした値は、「実質値」と呼ばれる。したがって、ドルの実質価値は低下したことになる。また、金、農産物、原油の実質価格は、それ以上に低下したわけだ。

円ドルレートは大きく歪んでいた

このフレームワークのなかで、円はどのように位置づけられるだろうか? 日本国内では、財・サービスの価格は、90年代以降、ほとんど上昇しなかった。つまり、円は右の式では第4項にいたことになる。したがって、購買力平価を維持するためには、円がドルに対して年率3%程度増価しなければならなかった。

金利差を見ても同じことが言える。すなわち、日本の金利はアメリカに比べて3%程度低かったので、金利平価の維持のためにも、円が毎年3%程度増価する必要があった。実際、90年代の中頃までは、為替レートはそのように動いていたのである。

ところが、90年代中頃以降、この傾向が変わってしまった。円高の動きが止まり、円ドルの名目レートはあまり変わらなくなった。この状態が、昨年の夏まで続いた。これは、物価や金利から要請される本来あるべき水準に比べて、為替レートが歪んでおり、大幅に円安になっていたことを意味する。こうなったのは、90年代の後半から、為替市場への介入がなされたためである。03年頃には、きわめて大規模な介入がなされた。

市場価格が歪めば、投機を誘発する。購買力平価が維持されなければ、日本の輸出競争力は実力以上に強くなる。また、金利平価が維持されなければ、円キャリー取引が利益を生む。この取引は、円売りドル買いであるため、ドル高・円安のバブルを引起こす。

この結果、アメリカでは住宅価格とサブプライム関連商品のバブルが拡大し、日本は景気回復した。仮に価格面でこのような歪みがなければ、実物面では、アメリカの経常収支赤字は現在ほどには拡大せず、また日本の経常収支黒字も拡大しなかったはずである。つまり、過去数年の外需に支えられた日本の景気回復もなかったはずだ。今その清算を、一気に行なおうとしているのである。

歪みの調整はどこまで進んだか?

では、現時点で調整はどこまで進んだろうか? 第一に、アメリカの住宅価格やサブプライムローン関連金融商品のバブルは、崩壊した。第二に、日本の景気拡大も終わった。

第三に、円ドルレートも、昨年夏以来調整が進んでいる。しかし、仮に介入前のレート(95年の1ドル90円程度)が正常だとすると、年率3%増価の13年分ということになるから、1ドル60円程度にならなければならない。

現実のレートはこれより大幅に円安であるから、為替レートの調整はまだ終わったとは言えない。

第四に、前回述べたように、アメリカの経常収支赤字と日本の黒字は、調整は始まっているが、まだ完全ではない。これらが、今後どうなるかが、調整の進展を判断する目安だ。

第五に、金、原油、一次産品の価格はどうか? 原油価格については、以上で述べたことから、二重の調整が必要になる。第一に、90年代に金で表示しても低位であった原油価格が、上昇する(その原因は、新興国の需要増)。第二に、ドルに対して金価格が上昇する。だから、ドルで見た原油価格は、急激に上昇せざるをえない。農産物価格上昇は、主として、金価格の上昇を反映する結果になると思われる。

ただし、以上の分析からは、原油や金の長期均衡価格がいかなる水準になるかを、ピンポイントで言うことはできない。現在の世界経済は、そのレベルを模索しているのだと言えよう。その過程では、投機のオーバーシュートもありうる。実際、3月頃の水準は、オーバーシュートだったかもしれない。そうであれば、その後のドル増価の動きは、商品投機の収まりと言えるかもしれない。

なお、為替レートの調整が進んで円高になれば、日本での原油価格は、ドル表示ほどには上昇しない。ただし、すでに述べたように、為替レート面での調整は、遅れている。

第二次大戦後の世界経済のフレームであったブレトンウッズ体制は、70年代初めに崩壊した。その表れが、第1次石油ショックであった。つまりこのときも、原油価格上昇と言われた現象は、ドルの価値低下であったわけだ(1オンス35ドルから100ドル超へ)。なお、このとき、円はドルに対してかなり増価した(365円から、スミソニアン体制での308円まで)。日本で石油ショックの影響が他国より軽くすんだのは、そのためである。

そのあと10年程度の混乱があったが、80年代の後半以降、スミソニアン体制は順調に機能してきた(ただし、日本とドイツは例外)。この状態がほぼ20年間続いた。アメリカ経済に対する信任が高まったため、価値の保存手段としての金の役割は後退した。

それに対して、今疑問が生じているのだ。ただし、スミソニアン体制が揺らいでいるとか、金が復権を要求しいるというようなことではなく、ドルの新しい価格水準の模索だと考えるほうが適切だろう。

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