家計にリスク負担を求めるのは間違っている

日本では過去10年以上にわたって、超低金利が続いた。しかし、資産を定期預金で運用することが、格別の問題を引起こしたわけではない。なぜなら、物価上昇率もほとんどゼロだったからだ。定期預金の名目収益率は低かったものの、元本が目減りするような事態にはならなかった。

しかし、この条件が今大きく変わろうとしている。物価が上昇し、今後は定期預金の実質価値が目減りしてゆくことが、ほぼ確実だからだ。

これによって特に大きな影響を受けるのは、退職後の世帯だ。彼らのこれからの生活を支えるのは、基本的には資産所得である。したがって、今後に予想される定期預金の実質価値の低下に対していかなる対策を講ずべきかを、真剣に考える必要がある。

ところで、この問題は、原理的には解決可能である。前回述べたように、円をドルに対して増価させればよい。1ドル80円程度の水準まで円高になれば、ドル表示での原油価格、食料価格の高騰は、日本国内では完全に遮断される。そして、これを実現するには、日本銀行が金融引締めに転換して、金利を引上げればよい。

問題は、日本では、これが政治的にほとんど不可能なことである。なぜなら、現在の日本で、消費者の立場から経済政策を考えようとする政治勢力は、存在しないからである。あらゆる政治勢力が、円安を維持して日本の輸出産業の利益を守ることが必要だと考えている。

消費者行政推進会議の最終報告を受けて、消費者庁が2009年4月に創設される予定になっている。仮にこの役所が、その名称どおりに消費者の立場に立って行政を行なうのであれば、なによりも先に目指すべきは、円高の実現だ。しかし、現実には、天地がひっくり返っても、そのようなことは起こらないだろう。

分散投資が必要だが個人では難しい

つまり、日本では、経済政策は消費者の味方にはなってくれない。これはまことに残念なことだが、やむをえない。では、このことを前提として、資産運用者はどのようにして自己防衛をすればよいだろうか?

「株式投資やFXで1億円儲けよう」という類いの本が、多数刊行されている。これは、人びとが資産運用について大きな関心を抱き、そのための方法論を強く求めていることを示している。ただし私は、投資指南に従って株式投資をしたり、レバレッジの高いFX投資を行なうことが、投資家の要求に対する解になるとは思わない。

そう考える最大の理由は、このような投資はムダなリスク負担をしていることだ。ここの株式には個別企業に特有の事情を反映したリスクがある。しかし、それは、他の株式とポートフォリオを組んで分散投資を行なうことにより、消去できる(この類いのリスクを、ファイナンス理論では「個別リスク」または「分散可能リスク」と呼んでいる)。

簡単に消去できるリスクを負担するのは愚かな投資だ。個別株への投資や単一通貨への為替投資は、そうした意味で愚かな投資なのである。投資における最重要の原則は、分散投資だ。

しかし、十分な分散投資を行なうには、ある程度の資金量が必要である。そして、それを個人が確保するのは難しい。したがって、個人が直接に運用を行なうのでなく、投資信託などの形態によるファンド運用を利用するのが賢明である。

この際、運用者の恣意的な判断で銘柄選択を行なう投資信託(「アクティブ運用のファンド」と呼ばれる)ではなく、市場の動きを受動的に追跡するようなファンド(「インデックス運用、またはパッシブ運用のファンド」)が望ましい。

投資信託などの利用が望ましいのは、さらに理由がある。それは、日本国内の投資だけでは、十分な投資収益を実現できないことだ。したがって、海外投資を考えざるをえない。しかし、海外投資には為替リスクが伴う。為替レートの動向は予測できないので、さまざまな通貨に対する分散投資が必要となる。また、外国債券に対する投資だけでなく、外国株式に対する投資も必要になるが、これは債券投資の場合より広い分散投資を要求する。このような広範囲の分散投資を行なうための資金量は、普通の個人では確保できない。

結局のところ、これからの日本の投資家に必要な金融商品は、外国の株式に広く分散投資するパッシブ運用型の投資信託だ。

必要な金融商品が現実に供給される体制をつくれ

ここで問題となるのは、そのような商品を販売する十分強いインセンティブを、現実の投資信託提供者が持たないことだ。

なぜなら、販売会社の目的は主として販売手数料にあるし、運用会社の目的は信託報酬にあるからだ。販売会社は、投資家ができるだけ頻繁に取引することを望む。また、信託報酬の低いパッシブ投資を販売するインセンティブは、さほど強くない。それよりは、高い信託報酬を取れるアクティブファンドを販売したい。実際、販売会社はインデックスファンドを積極的には勧めない。

したがって、投資者が本当に求める投資商品は、現実には十分に供給されない。こうして、資産運用者が求める金融商品と、実際に供給される金融商品のあいだに、大きなギャップが生じてしまうことになる。人びとが求めるものがあれば、それに対応する供給が拡大するのが、市場の本来の機能のはずだ。しかし、投資商品の供給については、それが必ずしも生じない。

したがって、このギャップをどのように埋めるかが、現実には重要な課題である。どうすれば、投資家が求める投資商品が現実に市場で供給される体制をつくることができるだろうか? 供給者にいかなるインセンティブを与えればよいのだろうか? これが解決すべき問題である。

先般公表された「2008年度年次経済財政報告」(経済財政白書)は、企業や家計のリスク投資を中心的なテーマとしている。

「家計でもある程度のリスクの負担なしには、必要なリターンが得られない」(第1章第2節)。「膨大な金融資産を持つ日本の家計がその積極的な運用を図る(中略)という課題が浮かび上がった」(第1章第5節)などの記述があることから推察すると、白書は、家計が直接にリスク負担することを求めているものと思われる。しかし、右で述べたように、家計が資産運用でリスクを負担するのは回避できるリスクを負うという意味で、愚かな投資である。

企業に対するリスクマネーの供給が必要なことは間違いないが、そのリスクを家計が直接に負うべきではない。金融仲介機関はリスク転換機能を担いうるのであり、彼らが家計に対してできるだけリスクの低い資産を提供すべきだ。第2章第5節で機関投資家について言及はしているものの、リスク転換機能においていかなる役割を果たすべきかを述べているわけではない。

分散投資の理論は、すでに16世紀のヨーロッパで知られていたものだが、第2次大戦後のアメリカで数学的に精緻化され、今では古典的ファイナンス理論の基礎となっている。「リスクの負担なしには、必要なリターンが得られない」との白書の記述は、この理論を無視するものであり、したがって誤った主張である。

必要とされるのは、投資信託などが現実にこの機能を果たしうるよう、制度を設計することだ。

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家計にリスク負担を求めるのは間違っている” への1件のコメント

  1. お邪魔します。

    >したがって、投資者が本当に求める投資商品は、現実には十分に供給されない。

    「レモン市場」というのがあるそうです(酸っぱい「レモン」は良くない商
    品を表す俗語だそうで)。中古車のような「売り手と買い手で商品等に関す
    る知識に差がある場合、良い商品が出回らずろくでもない商品ばかりが出回
    る」という事だそうです。金融商品も「それ”自体”に効用価値は無く、あく
    まで効用価値を指し示す”指標”」ですから、金融市場も「レモン市場」なの
    ではないでしょうか。それに通常の商品は売れなけばただの不良資産です
    が、中古車にしろ金融商品にしろ「本当に良いもの」なら売らずに持ち続け
    るのでは。

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