20年間の歪みを一挙に調整できるか?

アメリカ政府の統計によると、アメリカのガソリン価格は2008年7月21日で全国平均1ガロン4.06ドルだが、1年前には2.96ドルだった。したがって1年間に37%値上がりしている。それに対して、日本では、全国平均で昨年7月の1リットル141円が今では181円になっている(7月22日時点・日本エネルギー研究所、石油情報センターによる)。したがって、28%上昇したことになる。

つまり、ガソリン価格はアメリカでも日本でも上昇しているものの、上昇率は日本のほうが低い。なぜこの差が生じるのだろうか? 答えは簡単で、為替レートが変化しているからである。

具体的には次のとおりである。円ドルレートは、昨年7月の118円から現在の107円になった。したがって、アメリカのガソリン価格を日本円に直せば、24%の上昇ということになり、ほぼ現実の日本のガソリン価格上昇率になる(なお、ガソリン税率は国によって違うし、原油価格上昇分のガソリン小売価格への転嫁にも国による差がある。だから、事態はこれほど簡単ではない。しかし、現象の基本をとらえるには、こう考えるのがよい)。

われわれは、「原油価格が120ドルを超えた」とか「140ドルを突破した」というような新聞記事を毎日のように読まされているが、そこでいう価格上昇はドル表示のものであることに注意が必要である。

食料価格についても、同じことが言える。通常言われる価格上昇はドル表示のものであり、円高になれば、日本ではそれが緩和される。ドル表示の価格上昇がそのまま日本人の生活に影響するような錯覚に陥りがちだが、そうではないことに注意が必要だ。

過去20年間をマクロ的に把握すれば

ここで、1980年代以降の世界をごくおおまかにとらえてみよう。

IMF(国際通貨基金)の統計によると、80年から07年の間に、先進国の物価は、約2.7倍になった(平均で言えば、年率3.7%の上昇)。ところが、ドルで表示した原油価格は、第二次オイルショックの後の80年代前半に低下し、80年代の後半から2000年頃までは、ほとんど変わらなかった。食料価格も同様だ。

この間にアメリカの物価は上昇していたから、アメリカ人が見る石油価格、食料価格は、実質で低下したことになる。アメリカ人がこの間に豊かな生活を実現できたのは、当然のことであった。

名目値で見た円ドルレートはどうだったか。85年の6月頃までは、1ドル250円程度だった。85年9月のプラザ合意のあと急激な円高が生じ、87年末には120円台にまでなった。その後は、90年代中頃に円高が進んだが、おおまかにみれば110~120円程度で07年の夏まで推移した。つまり、「過去20年間、ドルに対する日本の円の価値は、名目値でほぼ不変だった」と考えることができる。

以上をまとめて80年代後半から約20年間の状況をきわめて大ざっぱに言えば、「一次産品も円も、ドル表示の名目値は不変だった」となる。したがって、日本人から見ると、円表示の一次産品価格は不変だった。仮に円が増価したなら、日本人は豊かになれたろう。

問題は、これが経済の自然の動きではなかったことである。

この間に日米の物価上昇率の差はほぼ3%で、名目金利の差もほぼ3%だった。だからこの間に、本来は円が年率3%程度で継続的に増価すべきだった。そうすれば、購買力平価式も金利平価式も満たされた。

仮にドルが円に対して毎年3%ずつ減価したとすれば、85年に120円だったレートは、現在では65円程度になっているはずだ。これが、経済の自然の動きの結果として生ずべきことだった。

事実、90年代の中頃までは、そうした変化が進んだのである。毎年3%の減価が10年間続けば、80年代半ばの1ドル120円が、88円程度になるはずだ。そして、これが95年頃の実際のレートだったのである。

こうした傾向がそのまま継続し、また一次産品価格も徐々に上がったとすれば、アメリカでは原油の相対価格が高くなり、アメリカの経常赤字は縮小しただろう。半面で、日本の経常黒字は実際ほどには拡大しなかったろう。日本からアメリカへの資金環流も起こらず、サブプライム問題は生じなかったはずである。

今後の進路は金融政策が決める

ところが、現実の世界では、「強いドル」(あるいは弱い円と人民元)が志向された。そのために、金融緩和と介入が行なわれた。

このイニシアティブが日本・中国側にあったのか、アメリカ側にあったのかは、はっきりしない。ただし、日本や中国が弱い自国通貨による輸出の増加を望んだことは、間違いない。日本にとっては、本格的な構造改革を行なわなくてすむというメリットがあった。

しかし、20年の間に歪みが溜まった。それをもはや持続できなくなったのが、07年の夏だ。昨年の夏以降に生じていることは、これまでの歪みが本来のトレンドに戻ることだと考えると、わかりやすい。つまり、ドルで表示した一次産品と円の価格が、20年間の歪みを一挙に調整するのだ。20年間に徐々に調整すべきだったことを一挙に調整するのだから、多大の摩擦が生じるのは不可避である。

具体的には次のようなことになる。原油価格と食料価格は2.5倍になる。為替も本来は1ドル65円程度になるべきだ。一次産品に関しては、実際にそのような変化が生じている。しかし、為替はまだ3分の1も調整されていない。

今後の進路としては、次のような3つの選択肢がありうる。

進路1は、円ドルレートを、経済の自然の動きの結果として実現するはずだったレベル(すでに述べたように、1ドル60円台の水準)にまで調整することだ。これが実現すれば、原油、食料価格の上昇は、日本国内では遮断される。ただし、言うまでもないが、これによって輸出産業の収益が圧迫されるので、産業構造の大きな調整が必要だ。

進路2は、現状維持である。日本円で見た一次産品は値上がりするが、輸出産業は持ちこたえるだろう。

進路3は、円安路線だ。こうなれば、一次産品の値上がりはアメリカの場合と同じ率になり、日本国民の生活を大きく圧迫する。その半面で、輸出産業は息を吹き返す。

これらの進路のどれが実現するかは、ひとえに金融政策にかかっている(日本の金融政策だけでなく、アメリカの金融政策も影響する)。教科書的には金融政策は投資支出に影響を与えるとされるが、現在の世界ではまず為替レートに影響を与える。

日米金利差がなくなれば、円高になるだろう。しかし、アメリカが金利引上げに転じたとき日本が追随しなければ、日米金利差は再び拡大し、円安がもたらされる。これは、「いつか来た道」への逆戻りだ。

日本で本来必要なのは、進路1である。為替レートを円高に誘導し、それに伴う摩擦を最小化することだ。しかし、現在の日本には、「国民生活を守る」という立場を取る政治勢力が存在しない。右から左までが、進路3を志向している。このような経済政策の貧困こそが、日本が抱える最大の問題だ。

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20年間の歪みを一挙に調整できるか?” への1件のコメント

  1. 野口様の御著書は何冊か購入して読ませて頂いております。整理された論述はいつも参考になります。
    さて、今回の御説ですが、将来の米国金利上昇時に日本もそれに追随して金利を上昇させることが望ましいとのことですが、これは実際に実行可能でしょうか?
    現政権は景気回復の初期段階で消費税を引き上げると言っております。仮に政権交代によって新しい内閣が発足し増税をしないという選択肢を選んだ場合でも、現在の政府債務は膨大なため景気が回復して金利上昇局面になった場合は利払い費用が膨れ上がりやはり増税が必要になります。
    増税は景気を冷まし金融政策を金利を引き下げの方向に誘導すると考えられますので、結果として何れの場合でも日米間にそれなりの金利差が発生します。
    進路1のシナリオは有り得ない、少なくとも非常に困難なものではないでしょうか?

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