金融混乱の原因は証券化商品ではない

6月末に公表されたBIS(国際決済銀行)の年次報告は、昨年夏以来の国際的な金融市場の混乱について、サブプライムローン関連証券化商品の破綻は問題のきっかけ(trigger)ではあるが、原因(cause)ではないとしている。つまり、問題は証券化商品そのものではなく、それに対する投機を引起こしたマクロ経済の構造にあるというのだ。私は、この見方に賛成である。

BISの報告は、まず過去20年間にわたって、世界経済が安定的な経済成長による未曾有の繁栄を享受したことを指摘する(ただし、日本とドイツは例外)。インフレ率は低く抑えられ、金融市場は安定し、景気の下振れはきわめて浅くなった。ところが、それが2007年夏に急激に変調した。

BIS報告が提起する第一の問題は、「今回の危機は、これまでの危機と違う新しいもの」ととらえるべきなのか、それとも「これまでも起こったことが再び起こった」と考えるべきか、という点である。BIS報告は、後者の立場を取っている。

つまり、今回の金融混乱は、これまでになかった新しい危機ではなく、過去において何度も繰り返し起こったバブルの進行と崩壊だと言うのである。問題は、バブルを引起こした持続可能でないマクロ経済の状況にある。

その論拠として、次の諸点を指摘している。すなわち、世界的に金融緩和がなされ、各国で資産価格と住宅価格が高騰したこと(ただし、日本とドイツは例外)。アメリカと中国で過剰な支出が行なわれたこと(アメリカの場合は住宅支出、中国の場合は投資支出)。先進国の通貨は新興国通貨に対して減価すべきだったのにもかかわらず、新興国での金融緩和と為替市場への大規模な介入のために、減価が生じなかったこと。

つまり、20年間の繁栄の背後には、金融緩和とリスク許容度の高まりによるバブルがあったという理解である。

破綻の説明として、BIS報告は、経済学者ハイマン・ミンスキイが1970年代に提唱した考えを援用する。これは、ある時点で投機がピークに達したことを市場参加者が一様かつ急激に認識し、市場の流動性が一挙に枯渇してしまうというものである。投機が破綻する転換点は、「ミンスキイ・モーメント」と呼ばれる。したがって、昨年の夏が、ミンスキイ・モーメントだったことになる。

私は、この見方に賛成だ。実際、そう考えないと理解できないことは多々ある。まず第一に、サブプライムローン関連証券化商品の総額は、世界全体の金融資産総量に比べれば、ごくわずかである。それだけが問題なのであれば、かくも大きな金融混乱が生じるはずはない。問題は、証券化商品そのものではなく、その背後にあったマクロ経済の構造だ。サブプライムローン関連の金融商品は、たまたま投機の対象になったのである。それがなければ、他の資産が投機の対象になったことだろう。

第二は、現在生じつつある原油や食料品の高騰(いわゆるFFインフレ)との関連だ。この(少なくとも1つの)原因は、証券化商品が破綻したあと、投機資金が商品投機に向かったことだとしか考えようがない。

問題はマクロ経済全般でありその規模は大きい

通常行なわれる議論は、証券化商品そのものに焦点を当てている。そして、「複雑な証券化が行なわれた結果、本来はリスクの高い投資対象のリスクが見えなくなってしまった」という批判がなされる。つまり、証券化のための金融技術が今回の危機を引起こしたという理解だ。このような立場から、「今回の金融混乱は21世紀型の危機だ」とする議論が、日本でも盛んに行なわれた。

今回の危機がサブプライムローン関連証券化商品の特殊性に基づく限定された問題なのか、それともより深い原因を持つ問題なのかは、政策対応にも関連する。もし前者だとすれば、損失を被った金融機関が回復すれば、問題は解決したことになる。しかし、この1~2カ月のアメリカや日本での株価下落は、問題がこれだけでは終わっていないことを示している。

今回の問題がマクロ経済全般の問題なのであれば、規模は大きい。これまで世界は、ブラックマンデイ(87年)、LTCMの破綻(98年)、エンロンの破綻(01年)などの金融危機を経験した。これらは、いずれもファイナンスの新しい手法の導入と関連している(ブラックマンデイは、「ポートフォリオインシュアランス」というファイナンスの手法が原因であると言われている)。

これらがコントロールできたことから、今回の危機も乗り切れるという考えがある。しかし、背後に大きなマクロ経済の歪みがあるとすれば、そう簡単ではない。BISは、この立場に立ち、「問題の規模は通常考えられているよりもずっと大きい」と言う。

要するに、今回の問題は、単なる金融危機ではないということだ。だから、ベアー・スターンズ救済のような措置は必要ではあるが、あくまでも対症的な措置であり、問題そのものを解決するものではない、ということになる。

この連載でも述べてきたことだが、マクロ経済の歪みの中心は、アメリカの経常収支赤字にある。これが縮小するためには、アメリカの国内支出が減少することが必要だ。これは、アメリカの景気後退を意味する。また、アメリカへの輸出国から見れば、輸出が減少することを意味する。これによって、日本などの輸出国の景気が後退することも避けられない。こうした過程は不可避なのである。

FFインフレ対処のための金融政策は?

現在生じているFFインフレは、証券化商品の問題よりさらに複雑で、また対処も難しい。

複雑である理由は、高騰の原因として、投機要因と実物要因のウエイトの評価が難しいことだ。この連載でも述べてきたように、特に原油については、投機要因と実物要因の区別がつかない。

政策対応も難しい。特に、アメリカの金融政策は、深刻なジレンマに直面している。昨年夏以来の金利引き下げは、証券化商品の値下がりによる金融機関の損失への対処として行なわれた。それは、ドル安を通じてアメリカ国内の物価を引上げ、過剰支出を削減するという意味においても望まれる方向である。

ところが、仮にFFインフレに投機要因が強いとすれば、金融緩和は投機マネーを供給してしまうことを意味する。したがって、この観点から言えば金利引上げが要求される。これら2つは矛盾するものであり、金融政策という単一の政策では両者を達成することはできないのかもしれない。

なお、日本の場合には、このような矛盾は存在しない。一般には、景気の下振れリスクを回避するために低金利の続行が必要であると理解されている。しかし、低金利が経済を活性化しないことは、これまで15年間の経験から明らかだ。政策の優先目標はインフレ防止に置かれるべきであり、そのためには、為替レートを円高にして輸入物価高騰の国内物価への伝播を遮断する必要がある。

これまで日本は、アメリカの経常収支赤字をファイナンスしてきた。日本の低金利は、結果的には投機資金の主要な源泉になってきたのである。それを断つという観点からも、金利の引上げは不可欠だ。

[ad]

Comments

comments

Powered by Facebook Comments

金融混乱の原因は証券化商品ではない” への1件のコメント

  1. 野口先生、いつも貴重なご意見ありがとうございます。非常に勉強になります。

    先生のご意見を見させていただいて、常々気になっていたことなのですが、仮に金利を上げて「ゾンビ企業」を壊滅に追いやった場合、そこを埋めるような企業が日本から出てくるのでしょうか?人材面、資金、制度、さまざまな面から、グーグルのような企業が日本から出てくるということは、想像しにくいのですが。

    よろしくご教授お願いします!

コメントは受け付けていません。