インフレへの対処は問題の正確な分析から

原油・食料価格の上昇には、長期的・構造的な需要増加と、短期的な投機要因のいずれもが影響している。基本的には、中国・インドなどの新興国の所得上昇に伴う需要増加だが、この変化は緩慢なものだ。価格がこの1年程度のあいだに急激な上昇を示した事実は、投機的要因を抜きにしては説明できない。

価格上昇に対処するには、まず問題の性質を明らかにすることがなによりも必要である。とりわけ、実需要因と投機的要因のウエイトを明らかにする必要がある。このいずれが主要な要因かによって、政策対応は大きく異なるものとなるからだ。投機なら短期的対症療法が中心であってもよいが、実需要因が大きいなら構造的な対応が必要だ。

短期的には、その原因が何であるかによらず、値上がりが予想されるなら投機需要が発生する。それがさらに価格を上昇させるため、投機が成功する。そのような過程が続く限り、バブルは膨張する。しかし、いずれは実需との照合が必要になる。

これに関して、原油と食料では事情が違う。原油の場合には、需要の価格弾力性が短期的には小さいから、産油国の側から見ると、高価格は総収入を増加させる。そして、原油は採掘しなければ地下に埋蔵したままで供給を減らせるので、コストゼロで高価格を維持できる。したがって、投機者と産油国の利益が一致し、投機は長続きするだろう。

これに対して食料の場合には、保存すれば品質が劣化するので、いずれ実需に対決せざるをえなくなる。実需が大きくなければ価格は下落し、買い持ちはババを引くことになって損失を被る。したがって、投機は、食料では長続きしないだろう。つまり、市場メカニズムがいずれそれを消滅させるだろう。

だから、投機対策が必要なのは、原油である。利上げはあらゆる投機を一様に抑制するが、原油投機に対しては、特別の対策が必要かもしれない。

短期及び長期の需給と価格の動き

需要と供給の価格弾力性を考慮すれば、今後の需給と価格がどう動くかについて、おおよその方向を予測することができる。

食料の場合、短期的には需要、供給とも弾力性が低い。したがって、需要の増大によって価格は上昇する。しかし、長期的な供給の弾力性は高いと考えられる。ブラジルなどで耕地面積が増加し、増産が行なわれると考えられるからだ。

すると、長期的な価格は、短期的に上昇したレベルよりは下落するはずである。このように、長期的には供給の増加を期待することができるので、政策対応としては、それを実現できるような環境を整えるべきだ。可能であればそれを支援すべきだろう。

原油については、事情はこれとは異なる。なぜなら、短期的にも長期的にも、供給の弾力性は高くないと考えられるからだ。したがって、増産による価格下落効果は期待できない。

原油については、需要の価格弾力性が長期的には高いことに期待すべきだ。

まず、ガソリン価格の上昇によって自動車の使用が減少することが期待される(日本でもすでに自動車交通量が減少しているようである)。これは揮発油税の問題にも関連する。暫定税率の維持を、この観点から正当化することも可能である。少なくとも、暫定税率を廃止してガソリンの消費を増大させるべきではない。

さらに、代替エネルギーの開発が進むことによって、原油の需要が減少することが期待される。代替エネルギーの中核は、原子力にならざるをえないだろう。現在の日本で支配的な原子力発電に対する否定的な方向は、考え直す必要がある。

原油価格問題は長期的なものだから、対応も経済構造の期間にかかわるものであるべきだ。日本の場合には、産業構造を省エネルギー型のものに転換させることが望まれる。これに対してアメリカでは、住宅、ガソリンへの過剰支出の削減が必要である。

持続可能な経済構造を達成するために両国で本来必要とされるのは、次のようなことだ。日本では、重厚長大産業からの脱却が必要である。これは、就業面での大きな調整を必要とするから、その過程で大きな摩擦が生じることは不可避であろう。制作面での対応は、このような摩擦をできるだけ少なくすることに向けられるべきだ。

アメリカでは、住宅とガソリンに対する過剰支出を削減するために、これらの価格が上昇する必要がある。その過程で総需要が減少し、景気後退が生じるだろう。それは、アメリカへの輸出を行なう日本企業にとってマイナスに働くから、日本が輸出型重厚長大産業から脱却するのを促進することにもなる。

連関する世界の金融政策

以上で述べたことと政策面で直接的なかかわりを持つのは、金融政策である。

5月の全国消費者物価指数は、生鮮食料品を除くベースで前年同月比1.5%の上昇を示した。したがって、これまで金融緩和を正当化してきた理由(デフレの継続)は消滅した。こうした条件下で日銀が動かないのは、不可解だ。

ところで、金融取引は世界規模で強く連関しているため、一国だけを取り出して金融問題を考えることはできない。為替レートに影響するのは金利の絶対水準ではなく金利差であるから、日本が利上げしなくとも外国が利下げすれば同じことになる。昨年来の円高は、アメリカが金利を引下げたことによって生じた。

すでに述べた「あるべき方向」からすれば、アメリカは金利引上げをすべきではない。そうすればドル高がもたらされ、過剰支出の削減ができないからだ。アメリカで必要なのは、ドル安によって輸入物価が上昇することである。

他方、日本が金融緩和を続ければ、円安になる。これでは、従来型の産業構造が温存されることになり、先に述べた「望ましい方向」が実現できない。また、円安が進めば輸入物価が上昇するので、国内の所得分配の観点からも望ましくない。これは、産業構造転換によって生じる摩擦をより大きなものにするだろう。したがって、利上げを行なうべきである。

以上で述べたのは、「長期的に持続可能な経済構造を実現するには何が必要か」という観点からのものである。その過程では、日米両国とも、景気後退を甘受しなければならない。これは政治的には許容しがたいので、現実には、望ましい方向と逆の政策(アメリカの利上げと日本の低金利維持。その結果としてのドル高・円安)が採られる可能性が強い。しかし、その結果維持される経済構造は、長期的には維持できないものであることに注意が必要だ。

現実の政策決定で政治的考慮が必要なのは、当然のことだ。しかしその前に、政策当局は「本来は何が必要か」を正確に把握していなければならない。

なお、今回が1970年代のオイルショックと違うのは、賃金インフレが起こらないことだといわれる。それが日本で利上げを行なわないことの正当化に使われることがある。

確かに、国内では賃金インフレは起こらないだろう。しかし、中国やインドで賃金が上昇すれば、輸入物価が上昇するので、日本で賃金が上昇するのと同じことである。輸入物価上昇を遮断するには円高が必要であり、そのためにも日本で必要なのは利上げである。

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