法人税率に関する最重要論点は何か

法人税率論議の中で、「法人税のパラドックス」に言及されることがある。これは、EU諸国で法人税率を下げたにもかかわらず、法人税収が目立って減少しなかった現象を指す。これについて、次の3点を述べたい。

第1は、こうした現象が生じた原因だ。これについては、幾つかの実証研究があり、それによれば、EU諸国においては、個人企業の法人成りによる法人部門への所得シフトが最も大きな要因であったとされている。こうした現象は、日本では働かないはずだ。なお、『経済財政白書』(平成22年度版)は、OECD諸国全体についても実効税率と法人税収の間に負の相関関係を確認できるが、その背景として、課税ベースの拡大や法人部門への所得シフトなどが指摘されているとしている。

日本では、1980年代から法人税率が引き下げられ、同時に法人税収も減少した。法人税率は、80年代には40%を超えていたが、90年代には30%台になった。現在では25.5%である。一方、法人税収は、80年代末には18兆~19兆円あったが、2000年代初めには10兆円程度にまで減少した。06~07年ごろに15兆円程度に近づいたが、現在では10兆円程度に戻っている。

このように、日本は「法人税のパラドックス」が成立しない国とみられているのである。

第2に、前記の実証分析は、「法人税のパラドックス」のもう一つの原因として、課税ベースの拡大を挙げている。ただし、課税ベースを十分拡大すれば税率を下げても税収が減らないのは、当然のことである。

そして、特別措置の整理は、それ自体として望ましいことだ。課税ベース拡大を主張するためにわざわざパラドックスを持ち出す必要はない。

第3に(これが最を重要なことだが)、パラドックスが仮に成立するとしても、それは、「法人税率を下げても、税収減という望ましくない現象が生じない」と言っているだけのことである。法人税率を下げるべぎ積極的な理由を示しているわけではない。

法人税率引き下げ論議において重要なのは、「なぜ引き下げが必要なのか」について、説得的な証拠を示すことである。「法人税のパラドックス」を持ち出すのは、問題の本質から人々の目をそらすことになる。

法人税率を下げても設備投資は増えない

法人税率引き下げが望ましいとされる理由は、幾つか挙げられている。主要なものは、日本企業の海外移転を防げる、国内の設備投資が増加する、対内投資が増える、といったことだ。これについて、次の3点を述べたい。

第1に、法人税率引き下げによって設備投資が増加するとは考えられない。「法人税率は設備投資の決定に中立的である」とは、経済学の基本的な命題の一つだ。税率引き下げによって税引き後投資収益は増えるが、他方で控除される利子分か減るので、税引き後利益は不変にとどまるからである。

仮に設備投資を増やしたいのであれば、投資税額控除等の手段によるべきだ。しかし、それでは、「特別措殼を減らして課税ベースを広げる」という前記の目的に反することとなる。

現実のデータを見ると、11年12月の改正で、日本の法人税率は、30%から25.5%に引き下げられた。しかし、設備投資は増えなかった。実質GDPに対する実質民間企業設備投資の比率は、ほぼ13%で変わっていない。税率引き下げが必要というなら、このときの税率引き下げがなぜ設備投資を増加させなかったかを、まず説明すべきだ。

第2は、日本企業が設備投資を行ったり、対内投資を呼び込めるような魅力的な投資機会が日本に存在するかどうかである。実際には、金融緩和を行ったにもかかわらず、国内の設備等は増えなかった。特に製造業の設備投資は増えなかった。法人企業統計で製造業の設備投資(ソフトウェアを除ぐ)の季節調整済み前期比増加率は、マイナスの値が続いている(ただし、10~12月期はゼロ)。

この事実が示すのは、もはや日本国内に有利な投資の機会がないということだ。設備投資を行っても、企業価値は高まらないのである。もちろんそれは、「現在の経済環境を前提にすれば」ということである。仮に大胆な規制緩和が行われてビジネスチャンスが生まれれば、条件は大きく変わるだろう。重要なのは、そのような経済環境をつくることである。法人税率を操作することではない。

ヨーロッパで法人税率引き下げによって海外からの投資が増えた典型例として指摘されるのは、80年代から90年代にかけてのアイルランドだ。これは、同国がITにおけるヨーロッパの中心となり、同国内に多くの投資機会が発生したからである。日本がヨーロッパの経験に学ぶべきは、こうした事実だ。「法人税のパラドックス」ではない。

なお、法人税率の引き下げが対内投資にいかなる影響を与えるかは、資本輸出国の国際税制に依存する。外国所得非課税制度が取られている場合には、投資先国の法人税率が税引き後利益に影響する。しかし、外国税額控除方式を取っている場合には、結局は本国の税率で課税されることとなり、対外直接投資に影響は及ばない。

高度成長型思考法からの脱却が必要

法人税率引き下げ論の根底にあるのは、輸出産業を中心とした産業構造を復活させようという願望だ。しかし、さまざまの指標は、もはやこうした方向が適切なものではなくなっていることを示している。先に述べた投資機会の消失は、その最たるものだ。

国際収支統計が示しているのも同じことだ。13年度の日本の貿易収支は、国際収支統計ベースで10.9兆円の赤字となった。これは、日本の輸出立国モデルがもはや成立しないことを示している。国内の投資を増やして国内の生産を増やし、それによって輸出を増やそうとしても、もはや実現できないのだ。

しかし、他方において、所得収支は16.7兆円という巨額の黒字である。日本は世界最大の対外資産を保有しており、それがこのような巨額の黒字を生み出している。日本企業の海外移転が進めば、所得収支の黒字は増える。だから、海外シフトは、問題視すべきことではない。むしろ望ましいことと考えるべきだ。そして、世界的な水平分業体制の一環になることを考えるべきだ。日本の国内での設備投資を増やしたり、対内投資を呼び込もうと無駄な努力をすべきではない。

総投資の対GDP比を見ると、12年で日本は21.0%だが、これは他の先進国に比べて格別低いわけではない。イギリスは14.4%とかなり低い。アメリカも19.5%だ。民間企業固定資本形成だけで比べると、13年第4四半期で日本が13.0%だが、アメリカが12.6%だ。しかも、そのうち31.5%は「知的財産」なので、それを除くと8.6%になる。

投資の比率が高いのは、中国のような新興国の特徴だ(総投資の対GDP比は、12年で48.9%)。日本も高度成長期においては、この比率は高かった。それをいま再現しようとしても、無意味なことである。

法人税率引き下げ論には、引き下げという結論がまず最初にある。さまざまな理屈は、それを正当化するために無理して探し出されたものだ。本当に必要なのは、日本経済をどのような構造にすべきかの議論である。

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