新しい技術の意義は過小評価される

前回述べたように、経済学者や投資家、経営者は、ビットコインに対して否定的だ。

これを見ていると、インターネットが普及し始めたころのことを思い出す。FRB(アメリカ連邦準備制度理事会)の元議長アラン・グリーンスパンの回想録『波乱の時代』には、ビル・クリントン大統領がIT革命に期待を寄せ過ぎているので、当時の財務次官口ーレンス・サマーズが懸念していたと記されている。

ポール・クルーグマンもITには懐疑的で、1990年代のアメリカの高成長は、生産設備の稼働率上昇によってもたらされたと論じた。

経済成長論でノーベル経済学賞を受賞したロバート・ソローも、ITに否定的だった。「IT革命は至る所にあるが、経済データの中にはない」という彼の言葉は有名だ。また、彼が主要なメンバーであったMIT(マサチューセッツ工科大学)委員会の報告書『メイド・イン・アメリカ』は、シリコンバレーに勃興しつつあったベンチャー企業に、敵意の目を向けていた。アップルのような会社がモトローラやフェアチャイルドなどの大企業から有能な技術者を引き抜いてしまうために、アメリカ経済が成長しない、と論じたのである。

90年代のインターネットの状況を見れば、こうした評価もやむを得なかった。回線速度は遅く、常時接続もできない。およそ実用的とは思えなかった。しかし、パケット通信という通信方法の革新性を知っていれば、評価は異なるものとなっただろう。

ビットコインについても、似たことが言える。現在の社会で、これをすぐに受け入れられる体制があるわけではない。現実通貨との両替所は整備されていないし、受け入れる店舗も限定的だ。また、価格変動が大きいなどの問題もある。エコノミストが否定的見解を持つのも当然だ。

しかし、潜在的発展可能性を考えれば、評価は別のものになる。特に、管理者がいなくとも経済的な取引が可能になったことの評価だ。そして、この技術がさらに発展するとの認識だ。

これがコンピュータサイエンテイストの視点だが、その視点から見れば、ビットコインという名の通貨が成功するかどうかは、あまり重要ではない。それより重要なのは、このシステムを通貨以外の対象にいかに拡張し得るかだ。「ビットコインは通貨ではない。プラットフォームだ」といわれるのは、そうした意味だ。

電話は「おもちや」と見なされた

同様のことが、歴史上、何度も繰り返されている。新しい技術が登場したとき、その経済的意義が過小評価されるのである。

電話がその典型だ。電話が発明された19世紀の後半は、電信が急速に発展しつつある時代だった。当時のアメリカにはすでに8500の電信局と21万マイルを超える電信線があり、海底ケーブルで全世界を結ぼうとしていた。

多重通信技術など、技術面でも大きな進歩があった。用途も、ニュースの伝達や株式市況の速報、そして軍事などに広がった。経営上の課題は、電信線の増設による事業拡大だった。電信サービスを提供するウエスタン・ユニオン(WU)は、当時のアメリカで最大の企業だった。

他方で電話は、雑音が激しい、通信記録が残らない、交換機がなかったため専用線を使うので、特定の人としか通話できない等々の理由で、ビジネスには適していないと見なされていた。

電話の特許を取得した翌年の1877年、発明者グラハム・ベルと共同出資者は、電話に関する権利をWUに売却しようとしたが、あっさり拒絶されてしまった。WUの幹部は、ビジネスの可能性は多重電信機にこそあると考えていたからである。

当時のWU社長ウイリアム・オートンは、「電話はあまりに欠点が多いので、通信手段として真剣に検討するに値しない。この装置は、われわれにとって何の価値もない」と言ったとされる(「この電気おもちゃは…」と言ったという説もある)。まるで、ビットコインに対する経済学者や経営者、投資家の評価を聞いているようだ。

ベルたちは、77年にベル電話会社を設立した。その後WUは電話の重要性に気付き、電話事業に乗ひ出した。そして、ベル社と泥沼の裁判闘争(「ダウト訴訟」)を始めた。

しかし、結局のところ、79年に、ベル社は電信事業に参入しないという条件の下で、WUは電話事業から撤退した。WUは、ビジネス史に残る愚かな決定をしたのである。

ベル社は、1900年にAT&Tとなり、その後1世紀にわたって電話産業に君臨した。第2次大戦後、AT&Tは、世界最大で歴史上最大の企業となった。「もしWUが撤退していなかったら、アメリカ人は毎月WUに電話料金を払っていただろう」といわれる。

そのAT&T自身が、インターネットに関しては、WUと同じ過ちを犯した。AT&Tは「パケット通信ネットワークは、信頼のおける通信システムではない」と見なしたのである。

通貨技術の革新はすでに始まっている

以上で述べたことは、成長戦略を考える際に重要な意味を持っている。

政府の成長戦略では、「イノベーション」が強調されている。しかし、そこで考えられているのは、いまのパラダイムを前提とした技術だ。また、自然科学上の知見の応用であり、主として製造業向けの技術だ。

経済活動に目立った影響を及ぼしていないものには関心が払われない。また、コンピュータサイエンスの応用には無関心だ。貨幣に関する技術進歩は、検討の対象にさえされていない。

しかし、ITは、貨幣を変える潜在力を持っているのである。例えば、携帯電話を用いた「エムペサ」というモバイルマネーが、ケニアで短期間のうちに普及した。そして、いま、発展途上国に著しい勢いで広がっている。ケニアの農村部の所得は、これによって5~30%上昇したといわれる。通貨の技術革新は、工学的技術と同様に、あるいはそれ以上に、経済成長を促進する潜在力を持っているのである。

いまのところ、途上国ではビットコインを使えるようなITのインフラがない。しかし、ITは急速に進歩するので、近い将来に使えるようになる可能性がある。そして、エムペサ的モバイルマネーと連携する可能性がある。そうなれば、途上国の金融システムは、銀行の支店を整備するという従来型の金融システムとは、まったく異質のものになるだろう。

その結果、先進国のそれよりも効率の良い金融システムをつくり上げてしまう可能性もある。

金融庁は、「アジアの金融インフラ整備支援」を進めようとしている。これは、日本企業の海外活動に対する円滑な資金供給の確保等のため、アジア諸国に対し金融インフラ(法制度や決済システム等)整備の技術支援を行おうとするものだ。

しかし、この計画には、「現地の金融システムが将来どうなるか」という視点がない。多分、従来型の金融システムが想定されているのだろう。

だが、日本と同じような銀行システムをこれらの諸国に導入しようとしても、まったく無意味なものになってしまう危険は大きい。われわれは、ITと通貨システムでいま起こりつつある変化を、過小評価してはならない。

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