食料問題の本質は量不足でなく高価格

食料価格の上昇に直面して、多くの人は、「自給率の引上げが必要」と考えている。「自分で作らなければ、食べられなくなる」という不安があるからだ。いくつかの国が穀物輸出禁止に踏み切ったことも、その不安を高めている。また、食料が投機の対象になり、マネーゲームで価格が際限もなく上昇すると恐れている人もいる。

しかし、こうした不安は、合理的な根拠がないものである。これらは、食料の生産に関する経済メカニズムを無視した考えだ。特に重要なのは、食料の多くは保存できるにしてもコストがかかり、品質が劣化するという事実である。これは、金や石油とは大きく異なる性質だ。

したがって、第417回で述べたように、マネーゲームだけで食料価格は高騰しない。高騰の基本的な原因は、実需の増加である。また、政府が戦略的な目的のために食料輸出を自由に調整することもできない。なぜなら、輸出禁止にすれば農民に損失が発生するからだ。事実、輸出関税引上げ措置を取ったアルゼンチンでは、農民と政府が衝突した。

具体的には、次のとおりだ。日本の最大の輸入先はアメリカだが、アメリカ国内で食料需要が急増することはありえないから、輸出余力が減ることはない。「日本を困らすために」農民が団結して生産調整したり在庫を増やしたりすれば、ビジネスとして農業を行なっている彼らの生活が成り立たなくなる。政府が農民から買い上げて戦略目的でストックすれば、膨大な損失が発生して納税者の負担になる。

要するに、非経済的な理由で長期的に供給量を制限することは、ありえないのである。輸出禁止をするのはもともと輸出余力が小さい国であり、世界全体の輸出量に与える影響は小さい。

トウモロコシについて、バイオ燃料への転換の問題があるのは、事実だ。しかし、ここでの問題は「価格」である。原油価格の値上がりでバイオ燃料が経済的に成り立ちうるから、このような問題が発生する。ところが、第417回で述べたように、価格が上昇すればブラジルなどが生産を拡大する。だから、量の不足が長期的・構造的に続くことはありえない。

したがって、問題は量の確保ではなく、価格高騰にいかに対処するかである。供給制限を比較的容易にできる原油においてさえ、「石油ショック」として現実に生じた問題は、石油価格の上昇であり、量的に石油を使えなくなったことではない。食料の場合には、このことはさらに顕著だ。これについては、後で述べる。

「カロリーベース自給率」のトリック

食糧の量的確保に人びとが不安を抱く理由の1つは、「カロリーベースの自給率」という指標にもある。「日本の食料自給率が39%で先進国で最低」というのは、この指標で見た場合である。これは、餌まで考慮したものだ。生産額ベースでの自給率は68%であり、だいぶ印象が異なる。

両者の差は、畜産物などで顕著に表れる。たとえば、鶏卵は重量ベースでは自給率が95%だが、餌であるトウモロコシの95%以上が海外依存であるため、カロリーベースでは9%になってしまう。鶏肉は重量ベースでは自給率69%だが、カロリーベースでは6%になってしまう。「自給率が低い」という強迫観念は、「カロリーベースの自給率」という指標を用いることによって、不当に増幅されている面が強い。

もちろん、「卵や鶏肉が国内で作られるかどうかという外面上のことだけでなく、それに必要なものの自給率まで考えよ」というのは1つの考えだ。しかし、それを言うなら、鶏舎を保温する電気を発電するための重油の海外依存度や、卵を消費地まで運ぶための自動車が使うガソリンの依存度等々も考えるべきだろう。「カロリーベースの自給率」という概念は、中途半端なものだと言わざるをえない。

必要とされるすべてを産業関連表的に考慮すれば、「自給率」の基本がエネルギー(とりわけ原油)で決まってしまうことは明らかだ。原油はほぼ全量輸入依存であり、原子力を除く日本のエネルギー自給度は4%である。つまり、日本経済は、もともと海外に依存しなければ存立しえない構造になっているのである。そうしたなかで食料だけを国内で生産したところで、まったく意味がない。

しかも(より重要なこととして)、海外への依存が問題であるわけではない。「おのおのの国は、比較優位の分野に特化し、比較劣位の財を輸入することにより豊かになる」という命題は、経済学の最も基本的なメッセージだ(そして、世の中でほとんど理解されていないメッセージでもある)。この連載でも繰り返し述べたのでこれ以上は詳述しないが、食料や原材料を海外に依存したからこそ、戦後の日本は豊かさを実現できたのだ。

価格高騰で必要なのは輸入規制の撤廃

食料価格の高騰は、「消費者がより多くの支出を食料品に充てざるをえなくなる」という問題である。その深刻さは、エンゲル係数に依存する。

世界銀行のゼーリック総裁は、エンゲル係数が50~75%の国が33カ国あり、これらの国が深刻な社会不安に直面すると強調している。まったくそのとおりだ。

では、日本はどうか。2005年総務省家計調査では、日本の平均家計のエンゲル係数は22.7%だ。最も低い所得階層でも24.7%である。価格が1割上昇しても、所得に対する比率では2%強にしかならない。問題がないとはいわないが、壊滅的な被害ではない。

さらに重要なのは、価格高騰の問題は、食糧を自給したところで解決できるわけではないことだ。むしろ、食料に対する支出は増加してしまう。実際、日本のエンゲル係数は先進国のなかではかなり高いが、それは輸入規制(高関税)のためである。

アメリカのエンゲル係数は7.2%だ。これは外食を含まない数字だが、外食を除いても日本では18%だ。だから、輸入規制を撤廃すれば、日本のエンゲル係数は半分以下になる。これは、同係数を数パーセント高めるかどうかという食料価格高騰の影響より遥かに大きい。だから、国際的な食料価格の上昇に対して日本で必要なのは、輸入規制を緩和・撤廃することだ。日本の消費者は、このことをしっかりと認識する必要がある。

「自給率を高めよ」という議論は、輸入規制を正当化するためのものである。輸入規制で利益を得るのは、国際的に見て生産コストが割高である国内生産者だ。彼らが「自給率を高めよ」と主張するのは当然だ。しかし、消費者は、さらに高い価格の食料品を食べざるをえなくなる。したがって、被害を受ける。

先日、1通のメールが私に届いた。そこには、「あなたは自給率が低くても大丈夫だと言っていたが、最近の食料価格高騰を見れば失言でしたね」とあった。この人が生産者なのか消費者なのかわからないが、消費者なら愚かな発言だ。

私は、他の人の行為について「愚か」という言葉を軽々しく使いたくない。しかし、自給率引上げが自分に不利益になるのにそれを認識できず、国際分業を「失言」としか評価できないのでは、「愚か」と言わざるをえない。それは、救いがたい愚かさである。

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食料問題の本質は量不足でなく高価格” への2件のコメント

  1. ピンバック: 上海ライフの達人

  2. ピンバック: 論点の整理。食料自給率を上げろって奴はバカ! | guchi

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