ビットコインに関して政府がなすべきこと

ビットコインについて、「騒ぎ過ぎ」と、「騒がな過ぎ」が見られる。ビットコインの外にある一両替所の閉鎖を大々的に報じるのは、明らかに「騒ぎ過ぎ」だ。しかし、「騒がな過ぎ」もある。それは、ビットコインが社会に与え得るインパクトの巨大さが認識されていないことだ。

麻生太郎財務大臣は、2月28日、「こんなものは長くは続かないと思っていた。どこかで破綻すると思っていた」と述べた。「こんなもの」とは、文脈からして、マウント・ゴックスではなくビットコインそのものだ。この発言からは、税制など国の基幹制度が深刻な挑戦を受けているという危機意識は、みじんも感じられない。「ノンキ」としか言いようがない。

多くの識者のコメントも「中央銀行なしで通貨制度が維持できるはずはない」という趣旨のものだった。これも、認識不足以外の何物でもない。中央銀行なしの通貨が、両替所の破綻にもかかわらず、順調に運営され続けているのである(日本政府は、「通貨でない」との公式見解を3月7日に示したが)。

現在のところ、ビットコイン総額は経済の総取引額に比べて微々たるものだ。したがって、社会に対する影響は、大きなものではない。しかし、今後、取引が急速に膨れ上がる可能性がある。そうなれば、税制をはじめとする基幹的社会制度に極めて大きな変更が要求される。それに対応するには時間がかかる。問題の重要性を認識し、いまから早急に対応を検討しなければならない。

問題はいくつもあるが、ここでは、利用者保護と税制について述べる。

利用者保護で政府がなすべきことは多い

第1は、利用者の保護だ。政府の基本方針は、金融機関などの関与を禁止し、それによって責任を回避しようとするものだ。ビットコインそのものの規制は技術的に極めて困難なため、こうしたことになる。

しかし、それでは利用者は保護されない。「ビットコイン利用は自己責任で行ケベきであり、政府は関与しない」とは言えない。

まず両替所など関連サービス提供者の監視が必要だ。それ以外にも多くのことがある。ここでは次の2点を指摘しよう。一つは、ウォレットのQRコードだ。これをテレビで示した司会者がコインを盗まれたとの報道があった。これは信じられないようなニュースだが、もし本当なら、秘密鍵が盗まれたことを意味する。秘密鍵は送金に必要だが、伝えるのは電子署名だけのはずだ。秘密鍵そのものを知られれば、それを用いて送金されてしまう(つまり、ビットコインを「盗まれる」)ので、危険極まりない。秘密鍵が知られるようなQRコードだとすれば、設計にミスがあったのではないかと疑われる。

いまひとつは、コイン保有者がコンピュー夕の事故や災害などで鍵を紛失すると、保有していたコインは永久に失われてしまい、取り戻せないことだ。鍵をコピーすることが助言されているが、十分なIT知識を持たない人も利用するようになると、「自己責任で鍵をコピーせよ」は、過大な要求になるだろう。この点に関する、安全性の確保が必要だ。

以上はささいな点だが、利用者から見れば重要だ。そして、同様の問題がまだ多数あるかもしれない。これらすべてについて、利用者の自己責任を求めるのは、酷だ。政府が関係業者を指導すべきである。

前回、「マスメディアに求められるのは、情報提供と教育である」と述べた。政府に関しても、基本的には同じである。つまり、必要なのは、規制と監督でなく、利用者に適切な情報を流すことである。ただし、政府の場合には、右のよすな利用環境整備活動も必要だ。なお、こうした活動は、日本だけがやっても意味がないので、各国が協力して行う必要がある。

税の基本的な構造をビットコインに合わせる

第2は、税制である。政府はビットコインを売って実現した譲渡益に課税するとしている。それは、現在の税制でも当然のことであり、正直な納税者は納税するだろう(それが申告納税制度の精神である)。しかし、正直でない者は脱税する。そして、税務署はそれを摘発できないから、不公平が拡大する。

また、報酬の支払いにビットコインが用いられると、受取人の収入を税務署が捕捉できないので、同じ問題が発生する。他方で、給与の支払いは当分はビットコインに移行しないだろうから、従来通り捕捉できる。すると、給与所得の源泉徴収課税に対する依存が、過大になる。さらに、商品購入の支払いにビットコインが用いられると、税務署が売り上げを捕捉できないため、消費税の課税について同じ問題が発生する。

このようにして、税の公平性が著しく損なわれる。ビットコインが広範に利用されるようになり、正直でない者が増えれば、税収が減る。それが進めば、国家の基礎であり土台である税制が崩壊してしまう危険があるのだ。

税に対する影響を強調するのは、「騒ぎ過ぎ」だろうか? ビットコインが大きな影響を与えていない現時点では、そう思われるかもしれない。しかし、税制の対応はすぐにはできず、時間がかかる。だから、早く準備を始める必要がある。

さて、以上で述べた問題は、ビットコインの匿名性から発生する。ここで、次の2点に注意する必要がある。第1に、ビットコインの取引そのものは、暗号化されていない(したがって、「暗号通貨」という呼び方は、ミスリーディングだ)。そして、全世界の個々の取引がリアルタイムで公開されている。取引をこれほど透明に知り得る通貨はない。しかし、アドレスと現実の個人や組織との対応がわからないのだ。仮にこの対応がつけば、税務当局はビットコインを用いた資金の流れを完全に追跡できるから、徴税はいまより容易になる。

問題は、いかにして対応づけられるかである。今後、口座やウォレット作成の際の本人確認は、より厳しく行われるだろう。しかし、それだけではまったく不十分だ。なぜなら、公開鍵から、いくらでも新しいアドレスを作れるからだ。実際、取引のたびに新しいアドレスを使用することが奨励されている。したがって、本人との対応づけは現実にはとうてい不可能と考えられる。また、国内での鍵生成だけを規制しても、明らかに無意味である。

匿名性について注意すべき第2は、これまでも税務署は現金取引を完全には捕捉できなかったことだ。実際、アンダーグラウンド経済の存在は、南欧諸国で税収を減らしている大きな原因だ。そのために、直接税でなく、間接税への依存を高めているのである。

以上二つの注意から得られる結論は、「ビットコインの匿名性を剥ごうとするよりは、税の体系を変えるほうが現実的ではないか」ということだ。つまり、匿名性の高い決済手段の利用が増えることに対応して、税制を変えるのである。具体的には、外形標準課税だ。法人なら資本金や従業員数、生産高などを指標とした課税。個人であれば人頭税。または、保有不動産や自動車などにリンクした課税である。

ビットコインを退治しようと努力すべきか? それとも、ビットコインの力を認めて、社会制度をそれに合ったものにつくり直すべきか? 答えは、どうやら後者のようなのである。

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