短期的期待でなく長期的期待が重要

世界の株式市場が大きく変動している。日本の株価も乱高下している。

株価の今後の推移には、まだはっきりしないところがある。しかし、株価の上昇が基本的に円安だけに支えられたものであり、実体経済での革新に支えられたものではなかったことは明らかだ。生産性の高い新しい産業が生まれたために株価が上昇したのではないのである。その意味では、典型的なバブルだった。

1980年代以降の日本における資産価格の推移を見ると、何度かのバブルを経験していることがわかる。第1は、80年代後半の不動産価格バブル。第2は、2006年から08年ごろにかけての円安バブル。そして、第3が12年秋からの円安バブルだ。

これらのバブルは、株価の長期推移を見ると、はっきりわかる。実質為替レートで見てもそうだ。日本経済は、80年代後半以降、全体としては衰退していったが、衰退過程で何度かのバブルを経験したわけだ。

これらのバブルには、いくつかの共通点が見られる。第1に、金融緩和と円安が進行した時期に生じた。第2に、バブルの渦中で人々はユーフォリア(熱狂的陶酔感)に陥ったが、経済の長期的な趨勢は変わらなかった。最近1年半程度の株価上昇も、こうした長期的衰退過程で現れた一つの泡にすぎない。

実体経済との関連は、後の時点のバブルほど薄くなっている。設備投資や輸出は、第1、第2のバブルでは増えたが、第3のバブルでは増えていない。賃金は、第1のバブルでは上がったが、第2、第3のバブルでは上がらなかった。

国際的な広がりの点でも差がある。第1のバブルは、ほぼ日本国内に限定されたものだった。第2のバブルは、アメリカの住宅価格バブルと強い関連があった。

第3のバブルは、ユーロ情勢の変化やアメリカ金融緩和によって引き起こされた。これは、海外からの投機資金が日本の株式市場に流れ込んで生じた最初のバブルだ。

長期衰退から脱却できた国できなかった国

経済が衰退過程に入ったとき、人々はどのように行動するだろうか? 多くの人々は、衰退が現実であることを納得できない。そして、過去を再現できるとの錯覚に陥り、過去の栄光を追う。

事実、日本政府は、いまだに輸出立国モデルに執着している。しかし、前回論じたように、輸出立国の基本的な条件は失われている。13年の巨額の貿易赤字は、それを端的に示すものだ。本当に必要なことは、輸出立国以外の方法によって経常収支の黒字を維持することなのだが、そうした思考の転換ができない。

では、日本は、長期衰退のわなに陥り、そこから脱却できないのだろうか?

世界の歴史には、さまざまな事例が見られる。スペインやポルトガルのように、一度は世界を制覇しながら、その後長期的衰退に陥り、そこから脱却できなかった国もある。あるいは、復活した国もある。第2次世界大戦以降衰退を続けていたイギリスが、90年代に復活して大繁栄を実現したのは、その好例だ。

イギリスを復活させた原動力は、現実経済が衰退していたときにも、基礎研究部門が強かったことだ。イギリスは、製造業では衰退しても、自然科学の基礎研究では、世界のトップを維持した。社会科学でも最高水準にあり続けた。このように、基礎研究が強ければ、経済はいつかは復活するのである。

ところで、14年1月30日の朝刊第1面には、久々にうれしいニュースが掲載された。STAP細胞作製の成功を伝える記事だ。これは、長年の辛抱強い研究の末に生み出された成果だ。それは、生物学の常識を覆す発見であり、今後長期間にわたって人類社会に大きな影響を与えるだろう。

このようなニュースに接する機会は、そう頻繁にはない。しかし、日本で数年にI度はある。この数年間を取っても、山中伸弥教授によるiPS細胞関連の二ユースや、はやぶさの地球帰還などがあった。こうしたニュースが現れると、将来を切り開く力は、まだ日本で枯れ切っていないと力づけられる。

STAP細胞とトヨタ利益増どちらが重要なニュース?

ところで、この日には、もう一つのニュースがあった。それは、トヨタ自動車の年間営業利益が2兆3000億円を超えるという記事だ。

これら二つのニュースの扱いには、新聞によって差があった。STAP細胞の記事をトップにした新聞もあるし、トヨタ自動車をトップにした新聞もあった。これは、ものの見方の差を端的に表している。

STAP細胞は、長期的には重要なものだが、ただちに経済的利益に結びつくものではない。たとえ医療に応用され、それに関連した新しいビジネスが生まれるとしても、今日明日のことではない。このニュースをいくら分析したところで、金を稼げるわけではない。

他方で、トヨタ利益増のニュースを知るのは、株式投資でもうけるためには(あるいは損失を被らないためには)必須のことだ。

しかし、利益増は、自動車技術上の新しい革新が実現されたためにもたらされたものではない。その大部分は、為替レートが円安になったことによるものだ。だから、為替レートが今後どうなるかで、大きく変わってしまう。仮に08年から11年ごろのような円高が再来すれば、巨額の赤字に転じるかもしれない。

だから、どちらのニュースが重要かを、一概に言うことはできない。ある人にとってはSTAP細胞の二ユースであり、他の人にとってはトヨタの利益なのだ。それは、世界を見る目の基本的な差なのである。

ただ、確実に言えることがある。長期的な将来の可能性に関する「期待」は、若い人々の行動に決定的な影響を与えることだ。彼らの意欲と進路選択は、基本的にこの種の「期待」によって決まるのである。

「期待」は、為替レートや株価の短期的変動に関わるものばかりではない。長期的に見れば、日本経済復活の可能性に関する期待が最も重要なものだ。

日本には、天から降ってきた円安や株価のバブルを利用してうまぐ稼ぐだけの道しか残されていないのか、それとも、能力を向上させ、地道な努力を続ければ、正当に報われるのか? このいずれであるかは、将来の可能性にかかっているのである。

もし、日本経済にはバブルの利用しか残されていないのだとすれば、地道な努力は放棄されるだろう。その結果、人材の質が劣化する。これこそが、バブルのもたらす最大の弊害だ。

それに対して、日本経済の潜在力が信じられるものなら、人々は、冒頭で述べたよ夕な根拠薄弱な期待論からは脱却し、本当の復活に向かって歩き始める。この過程も、自己実現的だ。このような「期待」こそが重要なのである。

日本経済は、円安という脆弱な基盤だけに支えられているのではなく、公共事業のバラマキや清費税増税前の駆け込みという一時的要因だけに支えられているのでもない。オリンピックを利権と公共事業拡大のチャンスと捉える人ばかりではない。

日本には、本格的な復活のためのポテンシャルがまだ残っている。将来を革新する力はまだ失われていない。そのような可能性が、かすかではあるが、見えているように思われる。

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