金利差が説明しない為替レートの変化

今年の春以降ほぼ膠着状態にあった株価に、11月中旬以降動意が見られる。これは円安が進んでいるからだ。以下では、為替レートを変動させるメカニズムについて考えたい。

これまで、為替レートは、内外金利差で説明されることが多かった。特に、2年国債利回りと為替レートの相関が高いと言われていた。実際、リーマンショック以前に進展した円安は、日米金利差の拡大によってほぼ完全に説明できる。また、2007年ごろからの急激な円高も、日米金利差の縮小によって説明できる。

しかし、12年夏以降、この関係は崩れた。12年秋ごろから日米金利差は0.1%程度で拡大しなかったにもかかわらず、顕著な円安が発生したのである。13年になってからも、金利差と為替レートの相関関係は見られない。2年債の金利差と為替レートは、むしろ逆相関している場合が多い。

12年夏以降の為替レートには、ユーロ危機沈静化が影響している可能性が強い。11年ごろには、ユーロ圏やイギリスから短期資金が大量に日本に流人して円高が加速した。これは、「リスクオフ」と呼ばれた危険回避行動である。それが、12年夏ごろに止まったのである。その結果、ユーロに対して顕著な円安が進んだ。12年7月には1ユーロ=100円程度であったが、8月ごろから円安が進行し、13年1月中旬には120円、4月初めには130円程度までになった。12月初めには140円程度まで円安が進んだ。

ユーロに対する円安は、ドルに対する円安が始まる以前の時期に始まっていることに注意が必要だ。また、円のユーロに対する減価率は、ドルに対する減価率より大きい。これらは、円安が、ドルとの関係でなく、ユーロとの関係に主導されて生じた可能性を示唆している。

ユーロはドルに対しても増価していることを考えると、ユーロ危機に起因するユーロ安が、全世界的に是正されていると考えられる。それが、円に対して特に大きく作用したのだ(以上の詳細は、『ダイヤモンド・オンライン』連載「期待バブルが幻滅に変わるとき」を参照)。

金利差が縮小するとキャリー取引が生じない

為替レートを金利差で説明しにくくなった理由を知るには、金利と為替レートの関係を知る必要がある。

金利差が為替レートを動かすのは、それが国際的な資金の流れを引き起こすからである。例えば、アメリカの金利が上がると、円で調達してドルで運用すれば金利収入が増えるので、そうした取引(「円キャリー取引」と呼ばれる)が増える。だから、円安になる。

円キャリー取引は、自己増殖的である。円を売る取引が円安を進め、それが利益を大きくするからだ。

しかし、円からドルヘの転換が無制限に続くわけではない。なぜなら、円安が進むと、購買力平価との乖離が大きくなってしまうからである。したがって、円高が進み、金利差を打ち消すようになる。円とドルとの裁定関係から導かれるのは、「日米金利差=期待円高率」という関係だ。

この式の左辺は金利収入の差であり、右辺が為替差益を表す。両者が等しくなることが裁定が生じないための条件である。アメリカの金利が日本の金利より高ければ、その差に等しい率で円高が進行する。なお、この式での金利は名目金利である。

この式は、「金利平価式」と呼ばれる。資本移動が為替レートに大きな影響を与える世界において、為替レートの動向を説明する最も重要な式と考えられる。

円キャリー取引は、「金利平価式が示すような円高にはならない」ことに賭けた投機取引である。04~07年ごろに円キャリー取引が生じたのは、一定限度を超えて円高になると、日本政府が介入して阻止すると期待されたからだ。円高が進まないなら、ドルに転換しても為替差損を被ることはない。ただし、投機である以上、何らかのきっかけで崩壊する。07~09年ごろに生じたのは、まさにそれだ。それ以降の円高は、金利平価式で説明できる。

円キャリー取引という投機取引が行われるには、リスクに見合うだけ金利差が大きく拡大していることが必要だ。リーマンショック後に円キャリー取引が見られないのは、金利差が縮小したためであろう。

また、リスクオフ行動は金利収益を目的とするものではなく、投機資金の一時的な避難であるために、金利差と無関係に資金移動が発生するのであろう。

リーマン後の均衡はまだ見えない

12年秋以降の円安について、「アベノミクスの金融緩和によって円安になった」と一般に言われる。しかし、これは間違いだ。以上で見たように、円安(特に、ユIロに対する円安)は、安倍晋三内閣が成立するかなり前から進行している。また、異次元金融緩和が導入された後は、円レートはほぼ膠着状態だ。

「貿易赤字の拡大が円安をもたらす」というのも間違いだ。資本移動が自由な現在の世界では、為替レートは金利や期待の変化でより大きく動く。仮に国際収支が関係するにしても、問題になるのは貿易収支でなく経常収支だ。経常収支はこれまで黒字であることが多かった。10月には赤字になったが大きな赤字ではない。

円安が続けば、企業利益は増加し株価は上昇する。半面で物価が上昇し、実質賃金が低下する。また、輸入が増えるので、貿易赤字が拡大する。

ただし、問題は、円安が続くかどうかである。ここで、為替レートは日本の政策ではコントロールできないことに注意が必要だ。金融政策は機能していないし、金利がすでに非常に低いので、これ以上低くはできない。可能なのは財政拡大で金利を上昇させることだが、金利上昇は日本政府の望むところではない。

今後の為替レートは、次の二つの条件に依存する。

第1に、この1年半程度の為替レートがユーロ事情の変化によってもたらされたとすれば、今後もそれが影響を与える。ユーロ事情が改善すれば、円安が進む。しかし、ユーロ危機が本当に解決されたとは言えないので、再燃する可能性もある。そうなれば、リスクオフ資金が日本に再流入して円高になる。以上に関しては、大きな不確実性がある。

第2に、アメリカ金融緩和策の終了との関係がある。金融緩和の目的は雇用情勢の改善とされているが、実態は投機への資金供給となつている。金融緩和が長引けば、資金が調達しやすくなり、短期金利が下がる。また、緩和が続くとの期待があれば、時間軸効果でイールドカーブがフラットになるから、長期金利も下がる。こうして日米金利差は縮小する。しかし、すでに述べた理由で、これが円高をもたらすことにはならないだろう。

金融緩和が終了すれば、アメリカの金利は上昇し、円安になる。ただし、リーマン以前のように金利差が開くかどうかは疑問だ(06年には、2年債日米金利差が4.5%程度にもなっていた)。また、実質レートで見ると現在が歴史的な円安であること、ビッグマック指数のような個別商品指数で見ると円安であること等を考えると、これ以上の円安が進行することも考えにくい。

結局のところ、現在の世界経済には、アメリカ金融危機の後遺症が継続しているということだ。「リーマン後の世界経済」の均衡の姿はまだ不確実性に包まれているのである。

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