食料問題の解は自給率向上ではない

穀物類が顕著に値上がりしている。小麦は2007年3月には1トン200ドル程度だったが、08年3月には480ドルになった。トウモロコシは、この間に1.4倍値上がりした。

その原因として、投機マネーの影響が指摘される。これまでサブプライムローン関連金融商品などに投資されていた投機資金が、原油などのエネルギー資源や食料に向かっているというものだ。そうした動きがあるのは事実だ。しかし、マネーゲームが問題の本質ではない。

実際、農産物の場合、投機資金がいかに巨額であっても、価格を自由にコントロールすることはできない。高価格維持のためには供給を制限する必要があるが、農産物はいつまでも品質を落とさずに保存できるわけではないし、保存には費用がかかるからだ。だから、いつかは実需と対決せざるをえなくなる。あまりに大量の在庫を抱えていては、損失を被る。

これは、石油などの地下資源や金などの貴金属と異なる点だ。石油の場合、採掘せずに地下に眠らせておくだけで供給制限ができる。それにはコストがかからない。だから、石油の供給制限は、(産油国間の協調行動さえ取れるなら)可能なのである。したがって、高価格を長期間維持できる。

それに加え、農産物生産には多数の生産者がかかわっている。したがって、国際的カルテル行為はまず不可能だ(小麦の輸出関税を引上げたアルゼンチンでは、農民と政府が衝突した)。この点でも、メジャーや国営企業など少数の供給者でコントロールしうる石油とは異なる。

したがって、今生じている価格上昇の基本的な原因は、実需の増加である。特に、中国、インドなどの新興国の所得上昇による食糧需要の増加だ。これは、不可避の事態であり、押し止めることはできない。

したがって、実需増加を前提として、対策を考えるしかない。ただし、その内容は国内自給率の引上げではない。小麦やトウモロコシを日本が完全自給することなど、そもそも不可能である。

必要なのは、まず安定的な供給を確保することだ。そのためには、供給源の分散が必要である。この連載で何度も述べているとおり、収穫が天候に左右される農産物について、安定的な供給確保のための基本的な手段は分散化であり、自給率の引上げではない。

価格が上昇すれば供給が増える

「買い負け」ということが言われる。しかし、買い負けするかどうかは、その国の所得に依存する。日本より所得の低い国が、日本が買えないような高価格を継続的に提示することはありえない。

日本の1人当たりGDPの順位が低下しているのは事実だが、世界全体の平均に比べれば、日本は依然として高所得国である。だから、日本が継続して買い負けすることはありえない。買い負けするのは、所得が低い国である。食料価格の上昇は、貧困国にとって最も過酷な問題となる。食料問題とは、全般的・絶対的な不足の問題でなく、分配問題なのだ。

日本だけの立場から言えば、重要なのは、価格が高くなっても買い続けることができるよう、所得水準を維持することだ。そのために必要なのは、日本が比較優位を持つ産業に特化することである。それが農業でないことは明らかだ。この原則に逆らって自給にこだわるなら、日本は貧しくなり、本当に買い負けしてしまうだろう。

世界全体の見地からすれば、貧困国に対して援助を行なうことである。そうした援助を行なうためにも、日本が所得を高く維持することが必要だ。

食料問題について留意すべきいま1つの点は、「価格上昇は、需給を変えるための市場のシグナル」ということである。

価格コントロールが可能な石油でさえ、石油ショックによる価格上昇は長期的には需給を大きく変えた。まず「省エネ化」が進展した。さらに、代替エネルギーへの転換や北海油田の開発などが進んだ。そして、1980年代には、「逆石油ショック」という事態が生じたのである。

小麦のような基礎的穀物の場合には、価格が上がったからといって需要が大きく減るわけではない。しかし、供給は大きく変わりうる。長期的に見れば、供給の価格弾力性はかなり高いはずである。特に、耕地化されていない土地が開拓されることの影響は大きい。

ブラジルのルーラ大統領は、4月の訪欧中に、「食料の値上がりは悲しむべき現象ではない」として、次のように述べた。ブラジルには8億5000万ヘクタール以上の土地があり、そのうち4億ヘクタールが耕作可能だ。そのほかに、6000万ヘクタールの放牧地なども耕地化できる。食料価格が上昇すれば、これを耕地化して農業生産を拡大することが可能となる。それはブラジルのためにも、全世界のためにも、望ましいことだ。

私は、この意見に賛成だ。全世界の耕地面積は14億ヘクタールだから、仮にブラジルの耕地化可能面積がすべて耕地化されれば、世界の耕地は、じつに3分の1も増加することになる。

もちろん、アマゾンの熱帯雨林をすべて耕地化してしまえば、深刻な環境破壊になるだろう。だから、無制限の開発が望ましいとは思わない。しかし、可能面積の1%を耕地化するだけで、日本の耕地面積(465万ヘクタール)に匹敵する耕地が出現するのだ。

この数字は、問題の本質が「地球のサイズと人口とのあいだの物理的バランス」にあるのではないことを示している。「食料問題」とは、「食料が絶対的に不足して食料が手に入らなくなること」ではない。そうではなく、「高くなった食料を買うことができるか?」という問題なのだ。つまり、これはマルサス的な問題ではなく、優れて経済的な問題なのである。

トウモロコシは、バイオエタノールとの関係がある。だから、エネルギー資源との関連が重要だ。原子力発電が再検討されるべきだろうし、高速増殖炉や核融合発電などの研究が推進されるべきだろう。

物価上昇下で金融緩和を続けてよいのか

食料価格高騰問題は、金融政策とも密接にかかわっている。食料価格の継続的な上昇は避けられず、それは消費者物価を上昇させる方向に働く。こうしたなかで、超低金利政策を続けることが適切だろうか? すでに長期金利はさまざまな国で顕著に上昇している。

これまで、定期預金の金利がほぼゼロでも、物価が上昇しなかったので大きな問題とはならなかった。しかし、食料品やエネルギー関連という生活に密着したところで物価上昇が顕著になるため、定期預金元本の実質価値下落は政治的にも無視できなくなる。したがって、金利引上げが重要な課題となる。さらに、輸入農産物の価格高騰を抑えるため、円高を維持する必要が高まる。欧州中銀は、サブプライムローン問題にもかかわらず、金利を引き下げなかった。日本もこれに学ぶ必要がある。

結論を繰り返し述べよう。食料価格上昇は、優れて経済的な問題である。したがって必要なのは、「食料危機の到来だ」と社会不安をあおることではなく、経済学の基本原則に冷静に従うことだ。「自給率の引上げ」は、この観点からまったく正当化できない。それは、単なる思い違いであり、まじめに取り上げる価値のない妄想にすぎない。

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食料問題の解は自給率向上ではない” への1件のコメント

  1. 野口先生はじめまして。

    私は経済学についてなんの知識もないので笑われてしまうと思いますが、経済学だけで食糧問題が解決できるとは思えません。

    科学技術の進歩や、グローバリズムや、そういう発展的なものよりも、経済制度がいろいろと崩壊している今、これからの日本は過去の文化を見習っていいような気がします。

    地産地消、身土不ニという言葉がありますが、地元の人が顔の見える地元のものをいただくという姿が、本来の自然界のあるべきすがたのような気がします。心を込めてつくられた、新鮮な野菜などをいただくというのって、貧しくともお金にはかえられない贅沢なものだと思います。
    当然それまでにはない苦痛も伴うと思いますが…

    絵空事かもしれないけど、、技術や進歩が行き詰まりを感じ始めた今、我々は、高等動物であるという以前に、ヒトという生き物、悪く言えば畜生のひとつにすぎず、自然に則った生き方を再認識するべきではないだろうかと思います。

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