空回りを続けている異次元金融緩和措置

マネーストックの対前年増加率は、10月にはM3で見て3.3%となった。これは、貨幣残高の定義がマネーストックに切り替えられて以来、最大の伸び率である。

これを見て、「異次元金融緩和の効果が出てきた」との印象を持った人が多いだろう。しかし、その印象は、統計の数字の示し方によって生じる一種の錯覚にすぎない。実際には、マネーストック残高は、今年の6月以降ほとんど増加しておらず、金融緩和政策は「空回り」を続けているのである。この間の事情を以下に説明しよう。

まず、日本銀行が直接に動かせる変数であるマネタリーベース残高は、異次元。緩和措置導入以後、著しく増加した。すなわち、3月の134.7兆円から10月の186.9兆円まで52.1兆円増加した。増加率は38.7%だ。

ところが、これによって大きく増加するはずのマネーストックは、さほど増加していない。M3で見た残高は、3月の1142兆円から10月の1163兆円まで、21.1兆円増加したにすぎない。増加率は1.85%だ。

つまり、冒頭で見たM3の前年からの増加の大部分は、異次元緩和措置以前に実現していたものなのである。導入前と後に分けて示すと、次の通りである。

導入前(2012年10月から13年3月までの5ヵ月間)にM3は16.2兆円増加した。月平均では3.2兆円だ。それに対して、導入後(13年3月から13年10月までの7ヵ月間)には21.1兆円増加した。月平均では3.0兆円だ。したがって、導入後の月平均増加額は、導入前の92.9%に低下したことになる。

M2では、減少ぶりがもっと顕著だ。すなわち、導入前の増加は15.7兆円で、月平均は3.1兆円だった。しかし、導入後の増加額は18.0兆円で、月平均は2.6兆円になった。したがって、導入後、月平均増加額は導入前の82.1%に低下したことになる。こうした事情があるので、マネーストック対前年比の数字は、今後は低下することになるだろう。

このように、異次元緩和措置の導入によって、マネーストックの増加速度は、上昇したのでなく、逆に低下したのである。マネタリーベースの増加額は大幅に引き上げられたのだから、マネーストック増加額も増えて然るべきなのだが、実際には減少したのだ。

金融緩和政策に本来期待されるのは、マネタリーベースの増加によって信用創造が生じ、その結果、マネIストックがマネタリーベース増加額の数倍増加することだ。実際には、数倍どころか、マネーストックの増加額が、マネタリーベース増加額の5分の1程度にしかならないのである。これは、まったく異常な状態だとしか言いようがない。

「金融緩和政策が有効か?」という議論は、マネーストックの増大を前提として、それが経済諸変数にいかなる影響を与えるかに関わるものだ。現実には、この大前提が満たされていないのだから、そもそも話にならない。

マネーストックが増えないのは貸し出しが増えないから

マネーストックが増えないのは、貸し出しが増えないからだ。実際、貸出残高の推移も、マネーストックの推移と似ている。

銀行計の総貸出平残の推移を見ると、12年10月の398.7兆円から13年10月の407.8兆円へと9.1兆円増加した。率では2.28%の増加である。

しかし、増加の大部分は、異次元緩和以前に実現したものだ。具体的には、導入前(12年10月から13年3月までの5ヵ月間)の増加は6.0兆円であるのに対して、導入後(13年3月から13年10月までの7ヵ月間)の増加は3.1兆円である。つまり、導入前の増加が約3分の2を占めるのだ。

しかも、本来であれば金融緩和措置によって増加すべき設備資金の貸出残高が、あまり伸びない。特に製造。業に対する設備資金貸し出しがそうだ。

増加を続けているのは、個人に対する住宅ローンだ。これだけで設備資金の約半分になる。住宅ローン金利が上昇したにもかかわらず、消費税増税前の駆け込みで増えているのだ(以上についての詳細なデータは、『ダイヤモンド・オンライン』に連載中の「期待バブルが幻滅に変わるとき」を参照されたい)。

ところで、以上のような事態になるのは、実は当然のことである。なぜなら、金融緩和政策が機能するのは、資金需要が強いにもかかわらず、それが満たされない場合だからである。ところが現実には、すでに過剰準備状態だから、日銀当座預金が増加したところで、貸し出しに対する制約が緩和されるわけではない。単に、過剰準備が増えるだけのことだ。また、設備投資の需要がそもそもない。さらに、企業の内部留保が大きいため、借り入れの需要がない。

食料不足で栄養失調になっている人に食料を与えれば、状況を改善することができる。しかし、飽食状態にある人に食料を与えたところで、食べてくれないだろう。現在の日本は、資金に関して言えば、まさに飽食状態にあるのだ。こうした状況の下では、そもそも金融緩和が機能するはずはないのである。

別の喩で言えば、次のようなことだ。車のエンジン(マネタリーベース)が力不足だというので、大騒ぎをした結果、これまでの8気筒エンジンを16気筒に変えることにした。しかし、車のスピード(マネーストックの伸び)は、上がるどころか、むしろ落ちてしまった。スピードが上がらなかった原因は、エンジンの力不足ではなく、タイヤがパンクしていた(貸し出しが伸びるような状態になかった)ことだったのだ。エンジンは、8気筒でも過剰な状態だった。

今年春に膨れ上がったユーフォリアが崩壊

以上で見たように、貸し出しが増えないのも、マネーストックが増えないのも、当然のことである。金融緩和政策が空回ぴすることは、あらかじめ予想されていたことなのだ。

驚くべきは、金融緩和措假が機能しないことが過去のデータによって明らかであったにもかかわらず、それが経済活性化の切り札と考えられて、大規模な金融緩和が導入されたことだ。そして、異次元緩和措置以後、マネーストックが増大していないという明白なデータがあるにもかかわらず、「金融緩和が機能している」と錯覚している人が多いという事実だ。

前回述べたように、異次元緩和措置の導入後、実質GDP成長率は、むしろ低下している。これも格別驚くには当たらない。なぜなら、円安で消費者物価が上昇すれば、実質消費の伸び率は抑えられるからである。また、消費税増税の時点が近づくにつれて、住宅をはじめとする駆け込み需要が減少するからである。

賃金は上がらず、物価だけが上がっている。したがって、人々の期待は悪化する。このことも、データに表れている。内閣府の「景気の現状判断指数」は、3月にピークに達した後、低下を続けている。消費者動向指数も4月から悪化を続けている。

今年の春には、「新しい政策が導入される」とのメッセージが喧伝されたため、日本社会に一種のユーフォリアが現出し、経済が活性化するとの期待が高まった。しかし、その後、政府・日銀と一部メディアの宣伝にもかかわらず、現実経済の状況を見て、人々の夢は覚めつつあるのだ。

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